「雑記」に関する記事
【旧blog記事】パズドラ 032
2013年07月15日
■フレンド
フレンド削除をネタにしたコピペが面白かったので補完しておきます。
以下コピペまとめ
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【旧blog記事】雑記
2013年06月10日
■映画
『言の葉の庭』と『きっと、うまくいく』を観てきました。
どちらも良かったです ( ´ω`)
『きっと、うまくいく』の方は上映中に3回泣いた。
隅の方に座っていて良かった・・・
現実は映画のように美しくないけど、まだ自分の中に
「前を向いて歩いていこう」という気持ちが残っている
みたいなので、腐らずやっていきたい。
良くないイベントが起きたとき、「不幸が起きたから
もう動きましぇーん」って言って大の字で寝転がったりすれば、
本当の不幸が訪れると思う。
とはいえ、疲れるとどうしても動けなくなるし、無理に動けば
色んなものに支障をきたしてしまう。
前を見つつ、より良くしたいという気持ちを忘れずに、
動けない自分を許す。
自分を許すというのは負けず嫌いには中々難しい。
動けない自分を許すということは甘えなのではないか、
妥協しているんじゃないかと責め立てます。
「動けない自分」というのは、客観的に見れば「動かない自分」であり、
そんな自分を好きになれるかと。
それでも何だかんだ腐らずやってきた自分を
ちょっとだけ認めてやることで、その道を歩いてきた
今の自分も認めてやれるようになる。
・・・なげぇ ( ´ω`)
そんなことを思わせてくれたのが『きっと、うまくいく』という映画です。
明日もAll Izz Well!
【旧blog記事】パズドラ 021
2013年03月26日
■ヴァルキリーと俺2
・土曜
ポリン塔上級を何周もして25体のドロップスを集めた。
「流石にスキルアップ倍率等倍って言っても、25体いれば平気っしょ」
翌朝、冷たくなったTOIが発見された。
・日曜
等倍は悪魔だということに気付いたので、ひとまず次の2倍期間用に
50体確保することにした。
この50体には手をつけないようにして、そこから5体貯まったら
突っ込む作戦に切り替えた。
昨晩のトラウマが蘇り、合成開始ボタンを押す指が震える。
このまま上がらなかったら・・・ゼウスPTは二度と完成しないかもしれない・・・
「・・・めたら」
・・・?
爺ちゃん・・・
ありがとう
こうして僕の1000万DL記念イベントは幕を閉じた
【旧blog記事】コミックマーケット83
2012年12月30日
コミケ受かってました。 東ニ-29bです。
当日告知となってしまい申し訳御座いません。
頒布価格 : 200円
ページ数 : 68P
表紙イラスト : めろりよんこさん
イラスト以外の完成度は低めです。
とりあえず明日は朝が早いのでこの辺で。
追記
前半25Pが新規に追加した部分で、後半40Pは前回の内容を
そのまま再録してます。
前回の本が入手出来なかった方も、今回入手すれば
内容だけは補完できるようになってます。
新規追加部分(下書き)の内容は
①認識、判断、動作の話
②目標の立て方、練習方法の話
③モチベーション維持の話
になってます。
図を一切入れられてなくて、書きたかったことが
書けなかったです。いやー世に出したくないですね。
【旧blog記事】おいす
2012年10月14日
しんどさが日に日に増していく中、この先どう生きていくかを考えていた。
体調が普通、精神状態も普通の状態を0とすると、下図のような状況になっています。
右上に居るときは何をやっても上手くいく状態。
右下に居るときは穏やかな顔で前を向ける状態。
左上に居るときはニート状態。
左下に居るときは軽い鬱状態。
今まで左上に位置したことは殆どなかったと思います。
右上は非常に稀で、大体は右下に落ち着く感じ。
今後、どんどん左下に進んでいった場合、自分だけではなく周りの人も
不幸になるので何とかしないといけない。
0の位置を調整(マイナス方向にずらす)するか、右下に素早く移動するのが妥当か。
状況に応じて使い分けていきたいところ。
よく鬱な人に対して、「ただの甘え」という言葉を投げつける人がいますが、
その人が本当に左上にいるかどうか、すぐには判断がつかない筈です。
想像力が欠如している強者ほど、窮地に立たされたときに弱さが露呈するものです。
俺は俺でも状況によって4つの顔があるので、そのうちの1つの顔を見て「あいつは鬱だ」
「あいつは承認欲求が強い」「あいつは自己愛性パーソナル障害じゃね?」と判断するのは
早計かもしれません。(極端な例ですが)
自分もその反応だけを見て「あ、この人はあまり深く物事を考えない人なんだな」と即断
しないように心がけます。
※一部省略しています。
【旧blog記事】コーヒー
2012年09月10日
何ら面白くない記事は今度から隠そうと思う。
【旧blog記事】論理的な文章について
2012年05月27日
・論理的な文章について
「結論としての主張(A)」と「結論(主張)を支えるもの(B)」があって、
Bを読んだら「なるほど、それならAという結論になるな」というような、
理屈の述べ方に説得力がある文章が論理的と言えます。
ただ、人の感性は様々で、その論理が絶対的に正しいということは
ないでしょう。
「ウサイン・ボルトは100mを9秒58で走る。
皆もウサイン・ボルトと同じ”人間”だから100mを9秒58で走ることができる」
これを見て「なるほど!その通り!」と思う人もいるかもしれませんし、
「いや、それは何かおかしくね?」と思う人もいるでしょう。
例がとても極端ですが、何かを述べるときは理屈という土台の上に
主張を乗せたいと俺は思います。
人の能力は千差万別、個体差はあって然りなので、それは今更前提として置く必要もない。
個体差には環境差も含まれる。歯を食いしばりながら「絶対負けねぇ」と言えるのも
それなりに恵まれた環境に身をおいてるからである。
以前、少し関連がある話をしました。
少なくとも頑張れる環境に身を置いているなら、「諦める」か「諦めないか」という話になってきます。
脳内物質も遺伝子の影響を受けていて、先天的に何かに依存しやすい脳を持った人が
いるかもしれないので、そこは例外として捉えて頂ければと思います。
頑張れる環境に身を置いていて、やる気もある となれば、
後は努力の方向性を間違えないようにするだけです。
自分のポリシーを曲げてまで練習を効率化していったら、
どこかで破綻しますから、まずは練習に自分なりの「楽しさ」を
見出すのが良いでしょう。
長々と書いてしまいましたが、自分が言いたいのは「個体差の観念が
抜けてる話は説得力が欠けてるよね」ということです。
アドバイスする側がそれを考えられないとただの傲慢です。
「ポップンの白青同時押しなんて小指と親指使えば余裕っしょ」なんて言った日には
( ^ω^)凸ファッキン って言われておしまいですよね。
YESスマートNO傲慢
※一部省略しています。
【旧blog記事】荒み街道
2012年05月21日
【 つぶやきの延長 】
毎日何かしらの達成感を得られないと満足出来なくなったようです。
仕事についてはいつもと同じ愚痴なので省略。
一人で仕事を請けられるほどの技術を持っていない自分が悪い。
短時間の練習で一定の成果が出る音ゲーは、絶好のストレス
解消ツールであり、活力の素です。
ACでプレイ出来れば達成感も一入ですが、それは叶わないので
家でDPを練習することにしています。
ですが、最近はそのDPを練習する時間すら確保出来なくなってきました。
土、日に仕事があり、帰宅が22時過ぎで、脳の覚醒も終わっているため
成果も出ません。
ROに手をつけたのも、帰宅が遅すぎて脳みそを使う趣味が捗らないと
いった理由があったりします。
「時間が無い」は甘え という言葉は、自分に言い聞かせる分には自由ですが、
人に対して使ったらいけないね。
誰かが甘えることによって、他の誰かが辛い思いをするのが世の中というものですから。
※一部省略しています。
【旧blog記事】おい、モチベ
2012年04月19日
では、現状の本音を語りましょうか。
たまに吐き出さないと本当に病気になりそうでね。
とりとめのないつぶやきです。
[ 必死 ]
必死は病気でしょうか。個性でしょうか。
寝ているとき以外は常に全力投球、仕事でも遊びでも。
歩く早さは人の3倍くらい。
そんなだから仕事ではチームというものが成り立たず
全部一人で済ませてしまい、遊びでは周りに引かれてしまう。
表面上、必死に見えないように振舞うのにも必死です。
何故必死になるのか。
それは自身の持つコンプレックスが原因です。
人の3倍努力しないと同じラインに立てない時期がありましたので、
その3倍の努力癖が抜けていないのでしょう。
[ 信用 ]
自分が出来るか出来ないかは置いておくとして、自分が人に
仕事を振る時には、自分が考えているラインの1/10を達成出来たら
OKとするようにしています。
この人は大体1/10の仕事をしてくるだろうと予想して、大抵は予想と一致します。
けどそれって相手を信用していないのでは と思うことがあります。
自分が出来る限り視野を広げて、日々妥協せずに物事に取り組んでる人を
探してみたところ、かろうじて松屋の店員さんが引っかかった程度でした。
必死にやろうが妥協しようが、もらえる対価が変わらないとしたら大抵の人は
妥協するんです。
[ 孤独感 ]
良い音楽を聴くと涙が溢れ、道を歩く動物に癒され、晴れた日の空に感動する。
今は一人で居る時ほど癒されます。
皆で何かをするのが楽しいという世間の常識がどうも通用しないようで、
自分は様々なノイズを感じています。
声を掛けてくれる知り合い、気に留めてくれる知らない人、
自分を必要としてくれる人がいてありがたく思います。
けど、無理して近寄る必要はないですよ。
自分は、強いように見えて弱い人間ですから、自分を維持出来なく
なりそうになると、何かにケチをつけたり、人に冷たく当たったり、繋がりを
放棄(鬱化)しようとしたりします。
大抵、効率厨&負けず嫌い精神が作用して、大事には至りませんけどね。
何度も何度も同じことを呟くあたり、人として成長していない気がします。
元気が無くなるきっかけのようなものはハッキリと思い浮かびます。
力を入れて取り組んできたものを粉々にされるようなことが何度も起きたことにより、
これ以上心が傷つかないように心の装甲をビグザム化させたのかもしれません。
[ それでも前を ]
心を成長させるのに必要なのは、人を信用すること。
どうにか心を奮い立たせて理想の環境を築いていきたい。
理想の環境とは妥協しない人の集まりである。
馴れ合いじゃダメなんですよ。全員が前を向いてないと。
「よーし行こう」って同時に歩き出して、ふと後ろを見たら
何人かが隣の人とペチャクチャ雑談してたら嫌ですよね。
もし誰かと一緒に歩き出せたら、今までにない幸せを感じることでしょう。
そんな日が来ることを願って眠りにつきます。
【旧blog記事】オーバーヒートの法則について
2012年03月11日
オーバーヒートの法則について。
自分が新たに何かを始めると、2日目辺りに物凄い
オーバーヒートが起こる。
勉強においても、太鼓においても、DPにおいても、bmsにおいても、
ピアノにおいても例外無く発生したので、法則性がありそうです。
これが起きた直後は正常な睡眠を取るのが大変です。
金縛りに合ったり、物凄い長い夢を見た筈なのに15分しか
経ってなかったりとか、とにかく脳に物凄い負荷が掛かるんです。
金縛りって結構キツくて、体は活動を休止してるのに
脳がグルグル回ってる状態なので呼吸が出来ないんですよ。
今度新規で何かを始める時は金曜に始めるようにしたいですね。
基礎の構築の方法というものを自分なりに把握していて、
「こうすると基礎が固まるからしっかり覚えろよ」と脳に
働きかける訳ですが、この時点で脳は新入社員状態なので、
一生懸命仕事を覚えようとしてヘトヘトになるという訳です。
けど、そうやってヘトヘトになりながらも仕事を覚えると、
後はそれを応用していくだけになるから、ヘトヘトにならなくなる。
最近はオーバーヒートが起きたらガッツポーズを取る感じですね。
パチンコの確定演出と同じです。
ただ、あまり負荷を掛け過ぎると健康を損なう恐れがあるとのことなので、
慎重に負荷をかけていこうと思います (´ω`;)
※一部省略しています。







